山岸遺跡(糸魚川市 田伏)
東京-長野-金沢-大阪を結ぶ新しい交通ルートとして、平成26年までに全線開通を目指している北陸新幹線と、通勤時の慢性的な渋滞を緩和する為に建設が進められている国道8号糸魚川東バイパス。この2つの交通ルートが平行して通る糸魚川 田伏地域にて「山岸(やまきし)遺跡」が発見され、今年4月から発掘調査を進めていました。
この遺跡に十三世紀末の掘建柱(ほったてばしら)建物跡が見つかり、このうち2棟は県内にある中世前期の居住跡地としては阿賀野市の大坪遺跡に次ぐ大きさとして注目を集めています。
この遺跡は掘建柱(ほったてばしら)建物跡で13世紀末頃のものと見られています。
掘建柱とは地面に穴を掘り、そこに建物の基礎となる柱を建て家屋を建築する手法で、竪穴式住居から発展した現代建築の基となる形式です。
現在までに発見された建物跡は20棟以上有り、山の尾根に沿って点在しています。
そのうち2棟は中世前期の住居跡としては、阿賀野市の大坪遺跡に次ぐ大きさで、鎌倉幕府の執権などを務めた北条氏の一族である「名越氏」が治めていた沼河郷(ぬなかわごう)の中核的集落跡ではないかと推測されています。(遺構模式図 2区)
その証拠として名越氏の家紋輪違い三つ傘に似た銅製品の一部が出土しています。
この大きな2棟は164平方メートルと124平方メートルの大きさで回廊状施設で連結した跡も見つかっています。
また、建物の近くには地盤が軟らかく水が湧いていた跡があり、そこから水路が伸びています。途中には水を貯める石敷き土坑があり、石組みの井戸も見つかっていて生活や農業用水として利用されていたのではないかと推測されます。
遺構模式図の3区部分には水田のような跡も発見されていて生活と農耕が区分けされていたと考えられます。
この他にも区画に使われたような長さ50cm程の石が規則的に並べられた箇所もありました。
これらはいずれも鎌倉~室町時代にかけてのものと見られています。
生活に使われた道具もいくつか出土していて、漆器や青磁、素焼きの器、下駄や草履、大量の箸、木簡、薄い木で編んだ網代(あじろ)などが発見されています。
これらの木製品は沢の中にあったため乾燥せずにいい状態で保存されていたようです。
また、鉄瓶や釣り灯籠と見られる鉄製の蓋も出土しています。
新潟県埋蔵文化財調査事業団の話では「青磁などの舶来品は当時、有力者しか持ち得なかった。名越氏の家紋に似た銅製品も出土していることから、名越氏がこの地を治めていたとする重要な手がかり。文献とも一致する箇所もある」としています。
本年度(H20年)は雪解けを待って調査を再開するとのこと。
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