文化・教育の最近のブログ記事
6月の末頃から糸魚川市内の至る所に、左のようなポスターがお目見えしています。
なんだかハッとするようなポスターですが・・・
実はこれ(社)奴奈川青年会議所 未来の「心」創造委員会が企画する『大人の教育力向上キャンペーン』のポスターです。
同委員会では、これからの未来を支える子供達に健全な環境を作るため、先ずは手本である大人達が襟を正し、手本となる行動を心がけようと、このキャンペーンを企画しました。
大人の環境に混ざった「小さな目」はあらゆるものを吸収します。
「悪いこと」という意識はあっても「ちょっとだけだから・・・」とか「他の人もやってるし・・・」という軽い気持ちでやってしまうことが、子供達にとってはその善悪が分からず、その行為を標準化してしまうもの。
大人のちょっとした意識で子供達の道標は大きく変わります。
「反面教師」にならないよう心がけたいですね^-^
さて、このキャンペーンではこのポスターのような標語を募集しています。
応募期間は7月1日~9月15日までで、町で見かける恥ずかしい行動を標語にしてご応募下さい。
最優秀賞には地元糸魚川のおいしいお米10kgが贈呈されます!
キャンペーンの詳しい内容や応募方法などはキャンペーン特設サイトをご覧下さい。
雨のため一日延期となった今年の「能生 白山神社 春季大祭」
心配されていた雨もお走り前にはすっかりと上がり、1時間半ほどの遅れはあるものの祭りは午後の舞楽へと移ります。
前編でも記載したとおり、この舞楽は糸魚川けんか祭りの舞楽と同様、国の重要無形民俗文化財に指定されています。
起源は定かではありませんが、室町時代から続く歴史有る舞楽とされています。
大阪四天王寺の舞楽に通じるものとされていて、この地に伝来する課程でその姿を変えたのではないかとされています。
舞楽は五人の稚児、四人の大人、そして楽人で構成され、全部で十一曲の舞楽が奉納されます。
特に稚児の舞いが八曲を占め、この日のために神社社務所で共同生活をしながら練習を重ねてきました。
舞台は境内中央、秋葉神社の向かいに正面を置き、お走りで御輿が納められた御旅所へと橋が架けられています。
舞人たちはこの橋を渡り中央の舞台でその舞いを披露します。
太鼓の打ち出しと共に14時45分頃に舞楽がスタートしました。
まずは稚児2人による「振舞(えんぶ)」。1人ずつ登場し、橋で鉾を受け取りゆっくりとした舞いで舞台中央へ進みます。
舞台の初を務めるこの舞いは、舞台のお祓いの意味も込められています。
紅白の衣装で頭には花冠を付けて舞われます。
その後「候礼(そうらい)」「童羅利(どうらり)」「地久(ちきゅう)」と稚児の舞いが続き、「能抜頭(のうばとう)」で初めて大人の舞人が登場します。
赤と黒の衣装で手には桴を持ち、顎髭をたくわえた赤い面を付けて舞います。
手に持つ桴(ばい)は武器を象徴しており、胡人が猛獣に噛まれ、その子が猛獣を探し求め、これを殺す型の舞いと言われています。
大きな動きで振る舞い、途中桴を置いて素手で舞う場面もあります。
続いては「太平楽(たいへいらく)」「納曾利(なそり)」。
「太平楽」は稚児四人で舞い、世の中の乱を治め、正しき道に戻すという目出度い舞いで、明治時代以降には天皇即位の際に「万歳楽」と共に奏されるのが例となっています。
衣装は赤・金で腰には刀、頭には鶏冠という姿で、一人ずつ登場し、途中で鉾を受け取ります。
最初は鉾を持って舞い、その後鉾を置き素手で舞い、最後は刀を抜いて舞います。
非常に長い舞いですが、しっかりと舞い切りました。
「納曾利(なそり)」は雌雄の龍を模した舞楽とされ、その面は下あごから突き出た牙が特徴です。
手には桴を持ち大きな動きで舞い、観客の目を引きつけました。
ちょうどこの頃時刻は17時を回り、仕事帰りの方々が徐々に増え、境内は一層賑やかになってきました。
「弓法楽(きゅうほうらく)」は青・銀系の衣装で頭は巻纓冠(けんえいかん)、手には弓矢を持って舞います。
舞楽中に実際に矢を放つ場面があり、四人の稚児が拝殿方向へ一斉に矢を放ちます。
この矢は縁起物とされ、放たれた矢を拾おうと観客が集まります。
今年は放たれた矢の一本が拝殿の萱葺き屋根に見事に刺さり、訪れた観衆を沸かせていました。
そろそろ舞楽も大詰めです。日も大分傾き、午前中降った雨のせいかかなり肌寒くなってきましたが、観客の興奮は高まるばかり。
「児抜頭(ちごばとう)」は稚児一人、「輪歌(りんが)」は稚児四人で舞われます。
どちらも高貴な紫色の衣装を纏い、頭は花天冠。「児抜頭」では手に中啓、「輪歌」では手に花束を持ちます。
この「児抜頭」が終わるといよいよ「陵王(りょうおう)」の登場です。
既に舞台の周りには沢山の見物客が訪れ、陵王の登場を待っています。
四人の稚児の内、三人が橋掛かりを越えると最後の一人は橋掛かりに待機し、一人舞い続けます。
境内からは歓声がどんどん高まってきます。その歓声もピークを迎えると、稚児と陵王が入れ替わり最後の舞「陵王」が始まります。
境内は一層沸き上がり、陵王の舞に目を奪われます。
深紅の衣装を纏い、面は頭部に龍を冠し、赤熊毛(しゃぐま)を付けた恐ろしい姿。
手には中啓を持って大きな動きでゆっくりと舞台へ進みます。
例年であればちょうど夕日をバックに舞う時刻ですが、今年は既に日没を迎えてしまいました。
舞台には明かりが灯され、幻想的な雰囲気の中「陵王」が舞われます。
獅子舞連中や白丁達、そして観客が榊を手に橋掛かりへ詰めかけ、榊をたたきつけながら舞台を盛り上げます。
舞台中央で舞っていた陵王はやがて橋掛かりに再び戻ります。
頃合いを見計らって裃姿の総代二名が迎え出るが陵王はまだ戻らない。
橋掛かりでは若衆が榊を叩きつけ歓声を上げる。
その周りでは観客も「まだだ!もう一舞い!」と陵王を引き留める。
境内の盛り上がりが最高潮を迎えると陵王に神が降り、総代に飛び込み舞台から姿を消した。
すぐに橋掛かりが外さると御旅所から御輿が担ぎ出され、拝殿へ向かって一気に走り抜ける「御旅帰り(おたびがえり)」が始まります。
三基の御輿が拝殿に担ぎ込まれ神様を拝殿へ帰し、装飾を外され空になった御輿を御旅所へ戻すため、再び拝殿から走り出てきます。
途中拝殿前と御旅所前で「ワッショイワッショイ」と御輿を持ち上げ、御旅所に返します。
橋掛かりでは肩車された稚児も「ワッショイワッショイ」と祭りの最後を見届けていました。
最高潮を迎えた祭りも三基の御輿が納められると「下向(げこう)の行列」で終焉を迎えます。
参加した若衆が行列を作り、法螺貝を吹きながら白山神社を後にします。
道中「いい祭りだったよ!」「お疲れ様!」などと声を掛けられると、疲れも吹っ飛ぶのか、皆さんいい笑顔で応えていました。
この祭りを境に田植えなどが本格的に始まり、また来年の大祭を楽しみに過ごすのです。
毎年4月24日に能生白山神社で行われる春季大祭。
能生地区に春の訪れを告げる重要な祭事として、室町時代から続けられる伝統行事です。
特に舞楽は「糸魚川・能生の舞楽」として天津神社けんか祭りと共に、国の重要無形民俗文化財に指定されています。
今年は雨模様の天気となり、1日延期され4月25日に開催されました。雨天順延は10年ぶりとのことです。
この祭りは大きく分けて前日の「夕祭」、当日午前中に行われる「社参の行列」から「御輿のお走り」。そして午後の「舞楽」から「御旅帰り」に分かれます。
前日から「六社人」と呼ばれる神の使いは拝殿に寝泊まりし、境内からは一歩も出られません。また、お稚児さんと男親も社務所に泊まり、夕祭の神事に従事します。
夕祭では午後三時半に区民会館から神社へ登社する「夕祭の行列」、拝殿で行われる「宵宮祭」を行います。深夜には祭りで使われる法螺貝を渡す「貝渡し」。その後その法螺貝を吹く「一番貝」、「二番貝」と神事が続きます。
当日は区民会館から白山神社までの「社参の行列」からスタートします。残念ながら小雨模様のスタートとなってしまいました。
貝吹き役が吹く「三番貝」の合図で行列が進みます。その貝吹き役を先頭に大旗や道具持ちなどが続き、白丁に肩車された五人の稚児も続きます。
時々立ち止まっては法螺貝を吹き、また神社へ向かって歩き出します。
途中には祭りの華でもある屋台が軒を連ねていました。
境内では獅子舞連中が腕組みをし、社参の行列を迎えます。
お稚児さんや舞楽の面や小道具は舞台の橋がかりへ下ろされ、白丁は拝殿周辺で待機します。
その後、舞台では「御庭祓」の神事が執り行われます。小学校一年生1人、三年生4人のお稚児さんも神妙な面持ちでお祓いを受けます。
その間、「七度半の使い」という神事が行われます。楽屋から使徒が割竹を持った白丁に先導され、裸足・裃姿で拝殿まで出向き、六社人の一人「大部」に口上を述べます。
しかし社人は振り返り拝殿へ戻っていきます。
これを7回繰り返し、8回目。同じ仕草を繰り返し楽屋へ戻ると見せかけ、途中で拝殿へ戻ります。ここで獅子舞副頭の「ヤァー」の掛け声で拝殿奥の獅子が飛び出し、「御神嚮(ごじんこう)の打出し」が始まります
獅子と社人が黙礼をした後、獅子はまるで動いていないかのようにゆっくりと辺りを見渡す仕草をします。
時間が止まったかのような雰囲気の中、再び「ヤァー」の掛け声で獅子は更に飛び出し激しく舞い始めます。
その後ろに続いて三基の御輿が拝殿から続いて出てきます。続いて大旗、花竹、お稚児さんも肩車されて境内をゆっくりと練り歩きます。
この頃心配されていた雨はすっかり上がり、日が差してきました。
昨年中越沖地震で被災し、今年4月に再建された秋葉神社の裏で休憩を取りながら、2周ほど廻るといよいよ午前のクライマックス「お走り」が始まります。
境内をぐるっと取り囲むように御輿、獅子、お稚児さん、大旗などが定位置に付くとお走りの準備が始まります。
下駄を草鞋に履き替え、袴の丈はは詰められます。そして肩車されたお稚児さんも振り落とされないように付き人がしっかり支えます。
二人で舞っていた獅子は一人になり、頭を肩に抱えてこちらも準備万端。合図を待ちます。
秋葉神社の裏にいる三の御輿が低く構えると、後ろの御輿やお稚児さんもそれに合わせて準備します。
三の御輿の六社人「兵部」に神様が降りたときに走り出すのだそうです。
しかしなかなか走り出しません。観客からも「あぁー」とため息が漏れます。
しばらくこれを繰り返し、じらされた担ぎ手の興奮もピークに達した頃「ヤァー」の合図で三の御輿が走り始めました。
それに続いて後ろも一斉に走り出します。
1周回るとお稚児さんは橋がかりで降ろされ肩車され、「御旅所」へ納められる御輿を「ワッショイワッショイ」と煽ります。
あっという間に境内を走り終えた三基の御輿は無事に御旅所へ収められ、その後御輿にお供えをする「供神鐉(きょうしんせん)」と秋葉神社前での「黙礼の式」が行われます。
御旅所から拝殿までに橋が架けられ六社人がそれを渡り、三基分の酒や餅、鯛などを運び無事走り終えた御輿に供えます。
黙礼の式は六社人の大部が秋葉神社まで出向き、舞楽の開始を告げるものです。
大部が秋葉神社前に到着すると秋葉神社から楽人が出てきます。
ゆっくり階段に足を掛け見合うと阿吽の呼吸でお互いが振り返ります。
この時社人が早いと豊漁豊作、楽人が早いと商売繁盛と言われるそうです。
お互いが振り返ると周りからは「同時だ!」「うまい!」などと声が上がりました。どうやら豊漁豊作と商売繁盛が占われたようです。
これらの行事が終わるといよいよ舞楽が始まります。
祭りは動から静へと一転するのです。
3月14日のホワイトデーに、能生のマリンドリームにあるマリンホールで公演された狂言「姫の聟取り」を観劇してきました。
狂言というとどうも堅苦しく感じてしまいがちですが(私もその一人です)、実際はそんなことなく楽しむことができました。
以前のエントリ にも書きましたが出演の茂山家の方々は、誰でも気軽に楽しんでもらえる「お豆腐狂言」をモットーとしています。
そのためか、演目に入る前の前説でも丁寧に、そして楽しく狂言の楽しみ方を教えてくれました。
演目の「蝸牛」と「附子」も古くから伝わる古典狂言で、国語の授業で習った方も多いはず。
太郎冠者と二郎冠者のとぼけたやりとりに、会場から大きな笑い声が上がっていました。
また、新作のオリジナル狂言「姫の聟取り」はこの地にちなんだ「奴奈川姫の伝説」をモチーフにした狂言で、こちらも地元の人には慣れ親しんだお話をコミカルに描いています。
このオリジナル狂言。市民会館の担当者のお話では、来年の開催にはまた新しい奴奈川姫の伝説を、再来年にももう1作と、3年計画で3本のオリジナル狂言を制作し、奴奈川狂言だけで1公演できるようにしたいのだそうです。
糸魚川の伝説を狂言で語り継がれるのもまたおもしろそうですね!
先月発行の「メールおしらせばん」でも冒頭に記載いたしました「糸魚川シチュエーションロードムービーズ」の伊藤さんから、ウェブサイトを開設したとの連絡をいただき、早速訪問してきました。
ここで「メールおしらせばん」をご購読いただいていない方のために、先月の内容を記載。
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私の知り合いに映画をこよなく愛し、映画の魅力を沢山の方に知って
もらいたいと頑張っている方がいます。
彼の最終目標は、映画をエッセンスに素晴らしい人生を送れる人を増やすこと。
そして、糸魚川に映画館を作ることなのだそうです。
数年前から地道な活動を続けていたのですが、ついに配給会社よりフィルムの
配給を受け、映写技師を招いて4月27日に糸魚川の「ビーチホールまがたま」で
上映会を開く事になりました。
糸魚川から映画館が姿を消して20年ほどでしょうか。。。
彼のひたむきな努力が糸魚川に消えた灯を再び灯してくれそうな気がします。
(上映会の詳しい内容はメイドイン糸魚川のイベントカレンダーで公開
しております。)
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これからこのサイトにはいろんな映画が掲載されていくことでしょう。
とても楽しみです!
近年はビデオやDVDなどのレンタルも充実し、わざわざ映画館に出向かなくても自宅で好きな作品を好きな時間に好きな格好で楽しむことができますよね。
機材だってお金をかければ映画館さながらの大画面と迫力のサラウンドで鑑賞できちゃいます。
でも「映画館で観る」それとはちょっと違うんですよね。
映画館には自分と同じ映画を選んで作品に共感できる他人が沢山います。
上映が終って外に出ると、自分と同じように目を赤く腫らしていたり、カンフーの達人になっていたり、はたまた恋多き人になっていたり・・・
直接関わってはいないんだけど、同じ時間を共有した人たちがそこに沢山いる事が、何か不思議で、妙に気持ちよかったりします。
4月27日の上映会では沢山の人と同じ時間を共有できたらいいなぁと思ってます。
最後に「糸魚川シチュエーションロードムービーズ」のサイトでも告知していますが、念のためここでも告知!
【会場】ビーチホールまがたま
【日】
4月27日(日曜)
【時間】
①午後2時~ ②午後6時~ (*会場30分前からご入場いただけます)
【料金】
前売り1000円 当日1200円
*グループ購入の場合、10枚以上で10%の割引になります。
お問い合わせからのご注文、もしくはお電話で受け付けております。
<<チケット購入問い合わせ 090-5797-0289(伊藤) まで>>
【前売り販売所】
レコードショップフタバ 酒井書店(駅前店/押上店) 島道書店 伊藤商会 ZIP グッド・ガレージ 青い大きな海 多喜 ビデオレンタル・アトム ジュエリー&ウォッチ橋立 スイッチ
<<チケット取扱店募集しています!>>
【探しています】
上映会の際、かつて糸魚川にあった五つの映画館-中劇、糸劇、銀映、ひかり、北斗座の写真パネル展示を企画しています。
現在、糸魚川市史などから数枚の写真を入手いたしましたが、「ひかり劇場」、「中劇」の写真が見つかりません。
お持ちの方、または情報などお持ちの方がいらっしゃいましたら、こちらのお問い合わせフォームよりお知らせください。
よろしくお願いします。
この『茂山千五郎家』は親しみやすい狂言という意味で『お豆腐狂言』と呼ばれているそうです。
なぜお豆腐なのか???
その昔、狂言が一部の上流階級だけの娯楽であった頃、能舞台以外では狂言を演じてはいけないとされていました。
ところが、茂山家の二世 千作氏は、結婚式や祝いの席に出向いては狂言を演じていたとか。
そのうち仲間からは 「どこにでも出向いて軽々しく狂言をするお豆腐のような奴」と悪口を言われたそうです。
京都ではおかずに困ったら「お豆腐にでもしとこか」という習慣があり、それになぞらえてついた呼び名が『お豆腐狂言』です。
しかし二世 千作氏は「お豆腐で結構!それ自体高価でも上等でもないが、味付けによって高級な味にもなれば庶民の味にもなる。お豆腐のようにどんなところでも喜んでもらえる狂言を演じればよい。よりおいしいお豆腐になるよう努力すればよい」と悪口を逆手にとったとのこと。
この教えは現在も守られ 「誰にでも親しまれる狂言」 を目指して、全国各地で、時には海外でも公演されているのだそうです。
そして今回糸魚川での公演は、大蔵流 茂山家の全面協力の基、この地に伝わる奴奈川姫の伝説を『姫の聟(むこ)取り』としてオリジナル制作していただきました!
演目はこの『姫の聟取り』の他にも 『蝸牛(かぎゅう)』と『附子(ぶす)』を演じていただきます!
なにより大ホールでは味わえない小ホールならではの間近で観る臨場感を是非味わっていただきたいと思います。
お豆腐狂言 大蔵流 茂山千五郎家HP
お問い合わせ
糸魚川市民会館 025-552-5900
詳細な情報は こちら からご確認いただけます
江戸の頃から伝承され、国指定の重要無形民俗文化財に指定されている小正月の名物行事 青海の「竹のからかい」
青海駅周辺の地区を西町と東町に分け、双方が奉納する自陣の竹を隈取りをした若衆が合わせ引っ張る行事で、全国に類を見ない稀祭として多くの観客が集まります。
毎年1月15日の小正月に開催され、子供の竹のからかいや餅まき、賽の神が同時に行われます。
この日は前日までの雪も止み、見事な青空の下で威勢良く行われ、多くの見物客や撮影者が訪れていました。
青海の「竹のからかい」は西方と東方に別れ、双方の本陣近くに大きな飾り竹が飾られます。飾り竹には扇子や吹き流しなどが飾られています。
青海神社への参拝を終えた両陣営はそれぞれの本陣にて白塗りの顔に赤・青等の色で隈取りをし、法被・猿股姿に腰に
12時30分、双方の若衆が長さ20mはあろうかという竹を担いで中央に走ってきて竹を地面に立て「チョウチョウ サギノチョウ ナノハニトマレ ナノハニアイタラ ヨシノハニトマレ(蝶々 左義長 菜の葉にとまれ 菜の葉に飽いたら 葦の葉にとまれ)」と唄いながら柏手を叩き、その竹の周りをゆっくり回ります。
まずは西方は海側、東方は山側に立ち、双方の竹の根元の方を頭上でで交差させアーチを作り、そこを一般の見物客が海側から山側へくぐります。くぐった者には今年一年の家内安全や除災といった御利益があるそうです。
見物客がくぐり終えるといよいよ竹のからかいが始まります。
先程と同じように竹の根元を頭上で交差させ、途中を力一杯押さえつけ、弓なりにしならせます。
向かい合った先頭が「いち、にの、さん」のかけ声に合わせ弓なりになった竹が頭上に勢いよく落ちてきます。
落ちてきて二本合わさった竹を脇に抱え込み、綱引きのごとく力一杯引き合います。
竹が抜けると再度頭上に組み合わせ、かけ声に合わせて引き合います。
竹が折れたり割れた場合は負け、引っ張られて引き込まれたら負けという風に勝敗が付けられますが、双方から「勝った勝った!」の勝ち名乗りが聞こえました。
何度かこれを繰り返した後、最初のように竹を立ち上げ唄を歌いながら竹の周りを回り、竹を担いで自陣に引き返します。
この要領で大人の部と子供の部を交互に繰り返し、途中に「福餅まき」を織りまぜながら進行されます。
竹のからかいが終わると両陣営の飾り竹が下ろされ、飾り付けは縁起物として見物客がむしり取って持ち帰ります。
これが終わると両陣営が竹を担いで青海の海岸へ向かい、賽の神が行われます。
それまで使っていた竹や草鞋、注連縄などを役目を終えた各家庭の縁起物や御札などと一緒に燃やし、今年一年の五穀豊穣や家内安全などを祈念し幕を閉じます。
青海の「竹のからかい」は勇壮でいて華のある早春の行事でした。
11月25日(日)マリンドリーム能生にあるマリンホールにて能生在住のテノール歌手 渡辺直人さんと、ソプラノ歌手であり渡辺さんの奥様でもある尾張恭子さん、そしてお二人が最も信頼するヴァイオリン奏者 古館由佳子さんとピアニストの飯田敏明さんの4名による本格的なコンサートが開催されました。
また、その渡辺さんが教える地元能生のコーラスグループ「しゃくなげ」の女声コーラスもあり、ソロ・デュオ・コーラスと盛りだくさんな内容に多くの観客が楽しいひとときを過ごしました。
マリンコンサートと題した第1回目のコンサートにもかかわらず上段の席までお客様で埋まり、その知名度の高さが窺い知れました。
前半ははそれぞれの紹介も兼ねながらソロパート、渡辺直人さんのユーモア溢れるMCを織りまぜての進行。
MCではマイクを使って囁くように話す渡辺さんは、歌ではマイクを使わず驚くべき声量で歌い、観客を圧倒します。
尾張さんも高域まで声量のある澄んだ歌声が魅力的で、感情を込めた歌い方はフランス語の歌詩ではありますがその情景が伝わって来るようです。
また、ジプシーヴァイオリニストとして本場ハンガリーのコンクールに入賞した経歴を持つ古館さん。
この日披露したジプシー民謡も早さと正確さ、そして音色の美しさを披露してくれました。
「しゃくなげ」によるオペラ仕立ての楽しい女性コーラスも披露されました。
こちらも渡辺さん仕込みとあって、プロに負けず劣らずの歌声を披露してくれました。
後半は前半とは打って変わってポピュラー色の強い内容です。
しゃくなげによる「涙そうそう」をはじめ、映画「ハウルの動く城」から「世界の約束」、そして話題となった「千の風になって」などのほか、ミュージカル「Cats」や映画「ウエストサイド物語」からなど、誰もが知っている曲がメインとなり、幅広い聴衆者を楽しませてくれる内容でした。
それを引き立てる飯田さんのピアノは、
渡辺さんの抑揚と見事に同調し、まさに生きた旋律を醸し出しています。ソロでも臨場感のあるピアノを聴かせてくれました。
最後の曲を終えると「しゃくなげ」のメンバーより花束が手渡され、鳴りやまない拍手に渡辺さんが「さあ、ここからが本番です!」とアンコールへ突入。
客席まで降りてきてお客さんの間近でヴァイオリンや歌声を披露したりとサービス満点のアンコールを演出してくれました。幅広い選曲と楽しいMCと素敵な歌声。
そして大ホールでは味わえない間近感がこのコンサートの魅力だと思います。
「オペラやコーラスなんて固っ苦しくて・・・」なんて思っている方でも十分に楽しめる内容となっています。
今後第2回、3回と継続して開催されるようですので、今回鑑賞できなかった方も次回は是非足を運んでみてください!
関連記事:マリンコンサート開催決定
発起人の猪又 充さんの呼びかけに市内や上越在住者を中心に長野県や東京都で活躍する同OBの出展もあり、総勢11名の作品が展示されました。
会場には油彩・水彩・アクリル画・デジタルアートや陶芸・フラワーアレンジなどの他、姫川の流木を組み合わせたオブジェクトやギターにペイントを施した物まで多種多様。
それぞれの個性を生かした作品が揃った会場には2日間でおよそ100名ほどの来場者を迎え、「こういうのもいいね」と新たな感性を見つけ出す姿も多く見られました。
自らも個展を開催した経歴を持つ竹内さんは、教え子の質問にアドバイスするなど、美術部時代の情景を見ることができました。
竹内さんは「それぞれの個性が感じられた。今後も続けていって欲しい」と継続を希望していました。
