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毎年4月10日に行われる「糸魚川けんか祭り」。今年は土曜日の開催と言うこともあり、多くの観客で賑わいました。
祭りは早朝の禊ぎから始まり、登社行列、けんか御輿、舞楽と流れます。(詳しい流れはこちらのページでご覧いただけます。糸魚川けんか祭り、糸魚川けんか祭り 2日目)
この祭りの最大の見所は、なんと言っても勇壮なけんか御輿。
寺町・押上地区の両雄が重さ300kgの御輿を引っ張り、担ぎ、境内を所狭しと走り抜け、頃合いを見て御輿同士をぶつけ合います。
この見る者をも奮い立たせるけんか御輿を、押上地区の協力員として参加!両氏子のご協力を頂きながら間近で撮影させていただきました!
組んだ御輿と御輿の間で熱い鍔迫り合いが繰り広げられています。
通常はなかなか見ることが出来ない映像を撮影させてもらいました。ありがとうございます!
糸魚川市と上越市の境となる「筒石」は、世界認定された糸魚川ジオパークのひとつ「筒石・徳合浜ジオサイト」や、日本有数のトンネル駅「筒石駅」を有するなど、見所満載の観光地。
この「筒石」を満喫できるツアー『バスで巡る 越後つついしジオパーク』が企画され、現在参加者を募集しています!
このツアーの特徴は、現地ガイドと氏子の協力により、他のツアーでは学べない詳しい解説が魅力。
約300万年前の海底地層が露呈する徳合浜の地層見学や荒々しい日本海が生み出す絶景を堪能。
さらに昼食は地元筒石漁港で水揚げされる新鮮な鮮魚や棚田のコシヒカリなど、ここでしか味わえない地元グルメを満喫!
この他、筒石漁港の豊漁祈願に奉納される水嶋礒部神社の神楽「鯛釣り舞い」の見学や、お土産ショッピングなどなど、魅力満載のツアーとなっています。
詳しい内容はチラシをクリックしてPDFファイル(パソコンのみ)をご覧下さい。
募集〆切は4月22日(木)まで。20名様限定のプレミアムツアーです!
この機会に「越後つついし」を満喫してみませんか?
ツアー概要
- ● 日 時:
- 平成22年4月26日(月) 午前9時~午後4時頃までの日帰り
- ● 集合場所・時間:
- 午前9時 糸魚川駅前集合
- ● 学習内容:
- 徳合浜地層学習・徳合日本風景街道・JR筒石駅(トンネル駅)見学・水嶋礒部神社参拝・礒部集落センターで昼食(筒石の歴史学習)・筒石地区伝統集落見学・筒石漁港見学・鯛釣り舞見学
- ● 募集定員:
- 20名
- ● ツアー参加費:
- お一人様4,000円(昼食付き)
- ● 応募方法:
- 糸魚川着地観光の会(㈱三愛旅行社内)TEL 025-552-3445 または、パソコンからは上記チラシ画像リンクよりPDFを印刷し、ファックスでお申し込み下さい。
- ● 募集締め切り:
- 4月22日(木)
糸魚川に春を告げる「いといがわ けんか祭り」は、寺町・押上の若衆が御輿をぶつけ合う勇壮な祭りとして有名。
また、祭りの後半は国の重要無形民俗文化財に指定される舞楽が奉納され、まさに静と動が一体となった魅力溢れる祭りです。
毎年4月10日に開催され、地元では「10日の祭り」と呼び親しまれています。
今年は10日が土曜日ということもあり、多くの参加者・観覧者で盛り上がることと思います。
そして、なんと今年はこの勇壮な祭りを120%堪能できる地元ツアーが誕生!
「奇祭 いといがわ けんか祭り学習ツアー」と題されたこのツアーは、長年まつり氏子を務めたツアーガイドが、けんか祭りをエスコート!
寺町・押上の両氏子より協力を得、早朝の禊ぎから舞楽奉納までの始終を見学できる他、祭り前夜の「他では聞けない!氏子まつり夜話」や、当日の登社行列に随行できるなど、このツアーならではの特典がたっぷり!
つまり一般観覧よりもおトクなツアーなのです!!!
詳しくは上記チラシをクリック(PDF:641KB)してご覧下さい。
このツアーでけんか祭りの全てを満喫して下さい!
ツアー概要
- ● 日 時:
- 平成22年4月9日(金)~4月10日(土)
- ● 集合場所:
- 午後3時30分 糸魚川駅前集合
- ● 学習内容:
- フォッサマグナミュージアム見学、氏子集落散策、けんかまつり氏子の夜話、早朝のジオサイト糸魚川海岸ヒスイひろいと禊ぎ見学、天津神社への氏子登社随行と加賀街道見学、けんかまつり見学、舞楽見学など
- ● 募集定員:
- 20名
- ● ツアー参加費:
- お一人様13,000円(宿泊 3食付き)または7,500円(宿泊別 3食付き)
- ● 応募方法:
- 糸魚川着地観光の会(㈱三愛旅行社内)TEL 025-552-3445 または、パソコンからは上記チラシ画像リンクよりPDFを印刷し、ファックスでお申し込み下さい。
- ● 募集締め切り:
- 4月3日(土)
「糸魚川けんかまつり」のちょうど2週間後、4月24日は能生の白山神社にて『春季大祭』が行われます。
起源は定かではありませんが、室町時代から続くとされる大変歴史のある祭りです。
昨年は雨で1日順延となりましたが今年はまずまずの天気。但し、数日前の降雨から寒さが続いており、時折吹き付ける風に肌寒さを感じながらのお祭りとなりました。
この白山神社 春季大祭の舞楽は「糸魚川・能生の舞楽」として天津神社けんか祭りと共に、国の重要無形民俗文化財に指定されています。
詳しいお祭りの流れはこちらの記事をご覧下さい。白山神社 春季大祭 前編 白山神社 春季大祭 後編
「御庭払い」「七度半の使い」が終わると拝殿から勢いよく獅子が飛び出し、祭りらしさが引き立ちます。
この獅子を先頭に御輿3基、お稚児さんと続き、境内をゆっくりと練り歩きます。
お稚児さんが一旦楽屋に戻り、花冠から烏帽子に換わるといよいよお走りとなります。
それぞれの準備が整い、三の御輿「兵部」に神が降りる瞬間を待ちます。
合図を待ち、低く構えるも走り出しません。
その度に観客からは大きな「ため息」が漏れます。。。
そして8度目、「やぁー」の掛け声に三の御輿が走り出し、それに続いて獅子・お稚児・御輿も走り出すと観客の興奮もピークに達し、歓声と拍手が沸き上がります。
信じられないスピードで境内を1周し、走り終えたお稚児さんが橋掛かりで見守る中、3基の御輿とも無事に楽屋へ奉納されました。
この後は神様の降りた御輿にお供えをする「供神鐉(きょうしんせん)」と秋葉神社前にて「黙礼の式」が行われ、いよいよ舞楽の奉納へと移ります。
舞楽は全部で11曲が奉納されますが、そのほとんどが稚児の舞となっています。
この日のために練習を重ねた稚児達が一生懸命役を演じる姿に、舞いが終わる度に大きな拍手と歓声が沸き上がります。
「弓法楽(きゅうほうらく)」では放たれた矢を拾おうと、大勢の観客が舞台に集まりました。
この祭りのハイライトはやはり「陵王の舞」。
陵王の登場の頃になると、仕事を終えて駆けつけた観客も増え、舞台の周りには人だかりが出来ていました。
「輪歌(りんが)」を舞い終えた4人の稚児が楽屋に戻り、最後の一人と入れ替わりに深紅の衣装を身に纏った「陵王」が姿を現します。
と、同時に大きな拍手と歓声が沸き上がり、一気に盛り上がりを見せます。
陽が傾き空が茜色になる頃、陵王の深紅の衣装と夕日が重なり、何とも言いようのない神々しい世界を観ることが出来ます。
そして陽が落ち辺りが闇に包まれる頃には盛り上がりも最高潮に達し、楽屋に下がろうとする陵王を観客が「まだだ!」と引き留めます。
陵王は倒れ込むように総代に抱えられ、楽屋に下がると同時に、御輿に宿った神様を帰「御旅帰り」に移ります。
拝殿から出てきた御輿を「ワッショイワッショイ」と持ち上げ大合唱となり、祭りも最高潮を迎えます。
御旅帰りが終わると観客も家路につきはじめ、白山神社に静寂が戻ってくるのです。
「また来年も・・・」と思える瞬間です。
今年も「糸魚川けんかまつり」が4月10日に開催されました。
昨年は雨のため10日午後の舞楽奉納は中止となり、少々寂しいお祭りでしたが、今年は両日とも抜けるような青空の下、大勢の観客を集めました。(去年の記事はこちら:糸魚川けんかまつり 糸魚川けんかまつり2日目)
今年は一の御輿が寺町、二の御輿が押上となっています。
肩に担がれたお稚児さんが境内をゆっくりと周り、舞台に上がるとけんか祭りがスタート!
重さ約300kgの御輿が引き手・担ぎ手によって信じられないスピードで境内を駆け抜けます!
この迫力は何とも表現しがたいですね。。。 ものすごい気迫が伝わってきます。
1周半ほど御輿を走らせると、いよいよ二基の御輿を合わせ、押し合いのけんかが始まります。
この押し合いは8回繰り返されますが、前半の押し合いは寺町が優勢、後半は押上が優勢だったように思えます。
桟敷からは大きな声援と野次が沸き上がり、天津神社全体が大きな興奮に包まれます!
途中けんか騒動も起こりましたが、コレも一興。盛り上がりました。
最後に一の御輿の寺町が逃げ、拝殿に御輿を収めるまでに二の御輿の押上が追いかけ、その後ろ姿を見る事ができれば二の御輿の勝ち。二の御輿に後ろを見られずに御輿を収めれば一の御輿が勝ちとなります。
正確に勝敗を決めるわけではないので、あちこちで「寺町が勝った」とか「押上の勝ちだ」という声が聞こえます。
全力を出し切った祭りの主役達は疲労困憊し、担ぎ手の肩は形が変わるほど大きく腫れ上がっていますが、皆さんとてもいい笑顔で讃え合っていました。
賑やかなけんか御輿が終わると、国の重要無形民俗文化財指定の舞楽が奉納され、境内は「動」から「静」へと移り変わります。
舞楽は振鉾(えんぶ)・安摩(あま)・鶏冠(けいかん)・抜頭(ばとう)・破魔弓(はまゆみ)・児納蘇利(ちごなそり)・能抜頭(のうばとう)・華籠(けこ)・大納蘇利(おおなそり)・太平楽(太平楽)・久宝楽(きゅうほうらく)・陵王(りょうおう)の全12曲。
翌日の11日にも同じ舞楽が奉納されます。
大半は稚児の舞いとなり、最後に赤い面を付けた陵王の舞で締めくくられます。
練習を重ねた稚児達のかわいらしい動きには観客も自然と笑顔になり、大きな白書が贈られます。
年に一度の晴れ舞台を見事に演じていました。
大人の舞楽では動きも大きく迫力があり、特に陵王の舞いでは祭りの最後を締めくくるとあって、その動き一つ一つに大きな歓声が上がっていました。
最後に楽屋から出てきた稚児を白丁が肩に担ぎ、衣紋所へ送り届けると10日の祭りが終了します。
昨年の4月27日に映画「オリヲン座からの招待状」を上映した「糸魚川シチュエーションロードムービーズ」が、またまた上映会を企画いたしました。
上映会第2弾となる作品は、「楢山節考」。
映画「楢山節考」は巨匠今村昌平の監督作品であり、俳優 緒方拳、坂本スミ子の代表作でもあります。
作品で描かれた「生」をテーマにした世界観は「カンヌ映画祭グランプリ」をはじめとし、海外でも高く評価されました。
画作りにもっともシビアといわれた故・今村昌平監督が、作品中最も重要なラストシーンに選んだ地が糸魚川市の海谷渓谷ということもあり、糸魚川市民にとってもっとも認知度の高い映画作品です。
撮影当時、現地スタッフとして参加された方や、撮影隊との交流を持った方も多く、上映日には撮影当時の逸話やスナップ写真、公開時のポスターやパンフレットなどの資料の展示も企画しています。(未定ですが、当時撮影で使用された小道具の貸し出しも許可が取れそうとのこと。)
主演女優の坂本スミ子さんが、講演と舞台挨拶にお越しくださいます!
近年相次いで亡くなられた、故・今村昌平監督、故・緒方拳さんと共に過酷な撮影を乗り切った地への思いと、当時触れ合った市民の方への感謝のお気持ちから、本人のご厚意により来場いただけることとなりました。
故・今村昌平監督、故・緒方拳さんの追悼上映会が数多く行われる中、主演女優 坂本スミ子さんの舞台挨拶が行われるのは、全国でもまれに見る企画だと思います。
そのお気持ちに応えられるよう、一人でも多くの方と一緒に会場でお迎えできればと願っています。
尚、当日は坂本スミ子さんによる特別講演会 "夢で逢いましょう" を11:00より糸魚川駅すぐ横の「ヒスイ王国館」にて行われます。入場は無料ですが整理券が必要になります。下表のプレイガイドにてお求め下さい。
| 会場 | ビーチホールまがたま | |
|---|---|---|
| 日にち | 2月1日(日) | |
| 上映時間 | 1回目 | 14:00~ (舞台挨拶あり) |
| 2回目 | 18:00~ (舞台挨拶あり) | |
| 料金 | 前売り | 1,000円 |
| 当日 | 1,500円 | |
| プレイガイド | 糸魚川市民会館・青海きららホール・島道書店・酒井書店(駅前本店) ブックステーションサカイ(東寺町店)・レコードショップフタバ・糸魚川駅前 伊藤商会・グッドガレージ・BAR ZIP・青海 銀林書店・ジュエリー&ウォッチ橋立・上越映画鑑賞会(喫茶「プー横丁」) | |
| ご注意 | ※15歳以下のご入場はできません ※前売り券完売の場合、当日券は販売いたしません ※前売り券団体購入の場合10枚に付10%の割引となります ※気象・その他の都合により舞台挨拶が中止される場合があります ※上映中止の場合を除き前売り券の返金には応じられません |
|
| お問い合わせ | 糸魚川シチュエーションロードムービーズ 090-5797-0289(伊藤) | |
雨のため一日延期となった今年の「能生 白山神社 春季大祭」
心配されていた雨もお走り前にはすっかりと上がり、1時間半ほどの遅れはあるものの祭りは午後の舞楽へと移ります。
前編でも記載したとおり、この舞楽は糸魚川けんか祭りの舞楽と同様、国の重要無形民俗文化財に指定されています。
起源は定かではありませんが、室町時代から続く歴史有る舞楽とされています。
大阪四天王寺の舞楽に通じるものとされていて、この地に伝来する課程でその姿を変えたのではないかとされています。
舞楽は五人の稚児、四人の大人、そして楽人で構成され、全部で十一曲の舞楽が奉納されます。
特に稚児の舞いが八曲を占め、この日のために神社社務所で共同生活をしながら練習を重ねてきました。
舞台は境内中央、秋葉神社の向かいに正面を置き、お走りで御輿が納められた御旅所へと橋が架けられています。
舞人たちはこの橋を渡り中央の舞台でその舞いを披露します。
太鼓の打ち出しと共に14時45分頃に舞楽がスタートしました。
まずは稚児2人による「振舞(えんぶ)」。1人ずつ登場し、橋で鉾を受け取りゆっくりとした舞いで舞台中央へ進みます。
舞台の初を務めるこの舞いは、舞台のお祓いの意味も込められています。
紅白の衣装で頭には花冠を付けて舞われます。
その後「候礼(そうらい)」「童羅利(どうらり)」「地久(ちきゅう)」と稚児の舞いが続き、「能抜頭(のうばとう)」で初めて大人の舞人が登場します。
赤と黒の衣装で手には桴を持ち、顎髭をたくわえた赤い面を付けて舞います。
手に持つ桴(ばい)は武器を象徴しており、胡人が猛獣に噛まれ、その子が猛獣を探し求め、これを殺す型の舞いと言われています。
大きな動きで振る舞い、途中桴を置いて素手で舞う場面もあります。
続いては「太平楽(たいへいらく)」「納曾利(なそり)」。
「太平楽」は稚児四人で舞い、世の中の乱を治め、正しき道に戻すという目出度い舞いで、明治時代以降には天皇即位の際に「万歳楽」と共に奏されるのが例となっています。
衣装は赤・金で腰には刀、頭には鶏冠という姿で、一人ずつ登場し、途中で鉾を受け取ります。
最初は鉾を持って舞い、その後鉾を置き素手で舞い、最後は刀を抜いて舞います。
非常に長い舞いですが、しっかりと舞い切りました。
「納曾利(なそり)」は雌雄の龍を模した舞楽とされ、その面は下あごから突き出た牙が特徴です。
手には桴を持ち大きな動きで舞い、観客の目を引きつけました。
ちょうどこの頃時刻は17時を回り、仕事帰りの方々が徐々に増え、境内は一層賑やかになってきました。
「弓法楽(きゅうほうらく)」は青・銀系の衣装で頭は巻纓冠(けんえいかん)、手には弓矢を持って舞います。
舞楽中に実際に矢を放つ場面があり、四人の稚児が拝殿方向へ一斉に矢を放ちます。
この矢は縁起物とされ、放たれた矢を拾おうと観客が集まります。
今年は放たれた矢の一本が拝殿の萱葺き屋根に見事に刺さり、訪れた観衆を沸かせていました。
そろそろ舞楽も大詰めです。日も大分傾き、午前中降った雨のせいかかなり肌寒くなってきましたが、観客の興奮は高まるばかり。
「児抜頭(ちごばとう)」は稚児一人、「輪歌(りんが)」は稚児四人で舞われます。
どちらも高貴な紫色の衣装を纏い、頭は花天冠。「児抜頭」では手に中啓、「輪歌」では手に花束を持ちます。
この「児抜頭」が終わるといよいよ「陵王(りょうおう)」の登場です。
既に舞台の周りには沢山の見物客が訪れ、陵王の登場を待っています。
四人の稚児の内、三人が橋掛かりを越えると最後の一人は橋掛かりに待機し、一人舞い続けます。
境内からは歓声がどんどん高まってきます。その歓声もピークを迎えると、稚児と陵王が入れ替わり最後の舞「陵王」が始まります。
境内は一層沸き上がり、陵王の舞に目を奪われます。
深紅の衣装を纏い、面は頭部に龍を冠し、赤熊毛(しゃぐま)を付けた恐ろしい姿。
手には中啓を持って大きな動きでゆっくりと舞台へ進みます。
例年であればちょうど夕日をバックに舞う時刻ですが、今年は既に日没を迎えてしまいました。
舞台には明かりが灯され、幻想的な雰囲気の中「陵王」が舞われます。
獅子舞連中や白丁達、そして観客が榊を手に橋掛かりへ詰めかけ、榊をたたきつけながら舞台を盛り上げます。
舞台中央で舞っていた陵王はやがて橋掛かりに再び戻ります。
頃合いを見計らって裃姿の総代二名が迎え出るが陵王はまだ戻らない。
橋掛かりでは若衆が榊を叩きつけ歓声を上げる。
その周りでは観客も「まだだ!もう一舞い!」と陵王を引き留める。
境内の盛り上がりが最高潮を迎えると陵王に神が降り、総代に飛び込み舞台から姿を消した。
すぐに橋掛かりが外さると御旅所から御輿が担ぎ出され、拝殿へ向かって一気に走り抜ける「御旅帰り(おたびがえり)」が始まります。
三基の御輿が拝殿に担ぎ込まれ神様を拝殿へ帰し、装飾を外され空になった御輿を御旅所へ戻すため、再び拝殿から走り出てきます。
途中拝殿前と御旅所前で「ワッショイワッショイ」と御輿を持ち上げ、御旅所に返します。
橋掛かりでは肩車された稚児も「ワッショイワッショイ」と祭りの最後を見届けていました。
最高潮を迎えた祭りも三基の御輿が納められると「下向(げこう)の行列」で終焉を迎えます。
参加した若衆が行列を作り、法螺貝を吹きながら白山神社を後にします。
道中「いい祭りだったよ!」「お疲れ様!」などと声を掛けられると、疲れも吹っ飛ぶのか、皆さんいい笑顔で応えていました。
この祭りを境に田植えなどが本格的に始まり、また来年の大祭を楽しみに過ごすのです。
毎年4月24日に能生白山神社で行われる春季大祭。
能生地区に春の訪れを告げる重要な祭事として、室町時代から続けられる伝統行事です。
特に舞楽は「糸魚川・能生の舞楽」として天津神社けんか祭りと共に、国の重要無形民俗文化財に指定されています。
今年は雨模様の天気となり、1日延期され4月25日に開催されました。雨天順延は10年ぶりとのことです。
この祭りは大きく分けて前日の「夕祭」、当日午前中に行われる「社参の行列」から「御輿のお走り」。そして午後の「舞楽」から「御旅帰り」に分かれます。
前日から「六社人」と呼ばれる神の使いは拝殿に寝泊まりし、境内からは一歩も出られません。また、お稚児さんと男親も社務所に泊まり、夕祭の神事に従事します。
夕祭では午後三時半に区民会館から神社へ登社する「夕祭の行列」、拝殿で行われる「宵宮祭」を行います。深夜には祭りで使われる法螺貝を渡す「貝渡し」。その後その法螺貝を吹く「一番貝」、「二番貝」と神事が続きます。
当日は区民会館から白山神社までの「社参の行列」からスタートします。残念ながら小雨模様のスタートとなってしまいました。
貝吹き役が吹く「三番貝」の合図で行列が進みます。その貝吹き役を先頭に大旗や道具持ちなどが続き、白丁に肩車された五人の稚児も続きます。
時々立ち止まっては法螺貝を吹き、また神社へ向かって歩き出します。
途中には祭りの華でもある屋台が軒を連ねていました。
境内では獅子舞連中が腕組みをし、社参の行列を迎えます。
お稚児さんや舞楽の面や小道具は舞台の橋がかりへ下ろされ、白丁は拝殿周辺で待機します。
その後、舞台では「御庭祓」の神事が執り行われます。小学校一年生1人、三年生4人のお稚児さんも神妙な面持ちでお祓いを受けます。
その間、「七度半の使い」という神事が行われます。楽屋から使徒が割竹を持った白丁に先導され、裸足・裃姿で拝殿まで出向き、六社人の一人「大部」に口上を述べます。
しかし社人は振り返り拝殿へ戻っていきます。
これを7回繰り返し、8回目。同じ仕草を繰り返し楽屋へ戻ると見せかけ、途中で拝殿へ戻ります。ここで獅子舞副頭の「ヤァー」の掛け声で拝殿奥の獅子が飛び出し、「御神嚮(ごじんこう)の打出し」が始まります
獅子と社人が黙礼をした後、獅子はまるで動いていないかのようにゆっくりと辺りを見渡す仕草をします。
時間が止まったかのような雰囲気の中、再び「ヤァー」の掛け声で獅子は更に飛び出し激しく舞い始めます。
その後ろに続いて三基の御輿が拝殿から続いて出てきます。続いて大旗、花竹、お稚児さんも肩車されて境内をゆっくりと練り歩きます。
この頃心配されていた雨はすっかり上がり、日が差してきました。
昨年中越沖地震で被災し、今年4月に再建された秋葉神社の裏で休憩を取りながら、2周ほど廻るといよいよ午前のクライマックス「お走り」が始まります。
境内をぐるっと取り囲むように御輿、獅子、お稚児さん、大旗などが定位置に付くとお走りの準備が始まります。
下駄を草鞋に履き替え、袴の丈はは詰められます。そして肩車されたお稚児さんも振り落とされないように付き人がしっかり支えます。
二人で舞っていた獅子は一人になり、頭を肩に抱えてこちらも準備万端。合図を待ちます。
秋葉神社の裏にいる三の御輿が低く構えると、後ろの御輿やお稚児さんもそれに合わせて準備します。
三の御輿の六社人「兵部」に神様が降りたときに走り出すのだそうです。
しかしなかなか走り出しません。観客からも「あぁー」とため息が漏れます。
しばらくこれを繰り返し、じらされた担ぎ手の興奮もピークに達した頃「ヤァー」の合図で三の御輿が走り始めました。
それに続いて後ろも一斉に走り出します。
1周回るとお稚児さんは橋がかりで降ろされ肩車され、「御旅所」へ納められる御輿を「ワッショイワッショイ」と煽ります。
あっという間に境内を走り終えた三基の御輿は無事に御旅所へ収められ、その後御輿にお供えをする「供神鐉(きょうしんせん)」と秋葉神社前での「黙礼の式」が行われます。
御旅所から拝殿までに橋が架けられ六社人がそれを渡り、三基分の酒や餅、鯛などを運び無事走り終えた御輿に供えます。
黙礼の式は六社人の大部が秋葉神社まで出向き、舞楽の開始を告げるものです。
大部が秋葉神社前に到着すると秋葉神社から楽人が出てきます。
ゆっくり階段に足を掛け見合うと阿吽の呼吸でお互いが振り返ります。
この時社人が早いと豊漁豊作、楽人が早いと商売繁盛と言われるそうです。
お互いが振り返ると周りからは「同時だ!」「うまい!」などと声が上がりました。どうやら豊漁豊作と商売繁盛が占われたようです。
これらの行事が終わるといよいよ舞楽が始まります。
祭りは動から静へと一転するのです。


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