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さらに新潟のうまいもんやコシヒカリも楽しめるほか、利き酒チャレンジや万代太鼓などのイベントや料理人 道場六三郎氏をはじめとする講演、セミナーなども催されました。
酒好きの私は当然のごとく試飲できるパスを購入し、陣中へ乗り込んでみました!
上記の通り、非常にリーズナブルな価格で酒どころ新潟の90を越える蔵元の600種を越える銘酒を楽しめるとあって、全国から沢山のファンが集まっていました。
会場には我が糸魚川の地酒5蔵も出展!。各蔵とも評判は良く、会場内を歩いていると「糸魚川の酒があっちにあるよ!」とか「糸魚川のが美味かった」等の会話をよく耳にしました。
各蔵とも試飲に来るお客さんに自慢の酒を振る舞い、糸魚川の酒をPRしていました。
来年も楽しみです。
2月23日 24日の2日間 東京 表参道「新潟館ネスパス」で開催されている『冬浪漫 糸魚川あんこうフェア』に参加しています。
第1日目の23日は多数のお客様に来場いただき、糸魚川の魅力を体験していただきました。
午後1時から開催された、あんこうの吊し切りイベントは人だかりができるほどの大盛況でした。
店内ではアツアツのあんこう汁の他、笹ずし・有機味噌・自然食品・豆腐・豆乳・海産物など地元が誇る特産品の数々を試食と共に展示販売いたしました。
試食、試飲には沢山の方にお喜びいただき、予想以上の売れ行きにスタッフもびっくりです!
東京は春一番で強風が吹き、肌寒い一日でしたが、ご来場いただきました皆様に厚く御礼申し上げます。
さぁ、今日も一日がんばって糸魚川のPRをしてきます!
東京ビッグサイトでスーパーや百貨店などの業界関係者向けに本日から開催されている「第42回 2008スーパーマーケット・トレードショー」ですが、同時開催の「地域資源セレクション2008」に地元糸魚川から「拓洋水産工業」さんが出展されています。
拓洋水産さんは能生川で採れる鮭を地域産業資源として商品化の研究に取り組んでいて、昨年10月には国の「中小企業地域資源活用促進法」に事業計画が認定されています。
能生川に遡上する鮭は脂肪分が少なく、とてもヘルシーな食材で、「鮭トバ」のような燻製や「漬け鮭」に適しているそうです。
今回もこの「糸魚川ブランド」の鮭を全国のスーパーやデパートなどへの販路開拓のため、自慢の製品を出店しています。
ちなみにこの展示会、本日20日~22日まで開催されていて、本来は業界関係者のみ入場できますが、出展業者の関係者であれば一般の方の入場も可能だとのこと。
「糸魚川」繋がりで入場という荒技は通用するのか・・・
スーパーや百貨店関係者、若しくは拓洋水産さんの関係者の方がいらっしゃいましたら、是非拓洋水産さんのブースへ足を運んでみて下さい。
尚、下記のスーパーマーケット・トレードショー公式サイトで入場事前登録をすると入場料3,000円が無料になるそうです。
2008スーパーマーケット・トレードショー公式サイト:http://www.smts.jp/
地域資源セレクション2008公式サイト:http://www.smrj.go.jp/chiikishigen/jimukyoku/kanto/033843.html
最近日本海側沿岸で話題になっている「ハングル文字が記されたポリタンク」ですが、17日に我が糸魚川でも漂着が確認されました。
漂着が確認されたのは糸魚川地域 間脇海岸、能生地域 鬼舞海岸、浜木浦海岸、能生海岸、百川海岸、藤崎海岸、筒石海岸で、県内だけでも500個以上の漂着が確認されていて、今後も漂着が続く可能性があります。
内容物は強酸性の液体で有毒な物も含まれている可能性がありますので、発見した方は絶対に触らず、市役所市民課環境対策室までご連絡して下さい。
市民課 環境対策室
Tel 025-552-1511 Fax 025-552-8292
糸魚川市の無形民俗文化財に指定され、六尺褌の男衆が厄年の方を捕まえ、天井高く胴上げをする勇壮な小正月行事です。
地元氏子の他、多くの見物客がこの稀祭を見に訪れる名物行事となっています。
祭壇周辺には沢山の小銭が散らばり、宮司さんや近くの人がそれを集めて賽銭箱に戻します。
程なく別座敷より「メッケター(見つけたの意)」と叫ぶ二人の男衆に担がれた厄年の男性が登場します。
勢いよく連れてこられた男性は褌姿の男衆によりあっという間に担ぎ上げられ、「サッシャゲー サッシャゲー(差し上げの意か?)」という威勢の良い掛け声と共に大の字のまま堂内を練り歩かれます。
大の字のまま手足の服をつかまれ、音頭取りによって中央で上げられるように位置の調整をし、低い位置に構えられます。
男衆の足下にはうずくまって台になっている方もいました。さあ、いよいよ胴上げです。
天井は放り上げられる場所だけ板の色が違っていて、天井にぶつかるほど高く放り上げられることが伺えます。
放り上げた男性をしっかり受け止めると再度担ぎ上げ、「サッシャゲー サッシャゲー」の掛け声と共に再び堂内を回り始めます。
上記を繰り返し3回放り上げられると厄が落ち、やっと解放された男性は中央で杯に御神酒をいただいて終了となります。
担ぎ手の男衆も御神酒を飲み休みます。先程放り上げられた男性はここで褌姿になり、今度は担ぎ手として加わりました。
厄年の人を見つける度にこの神事が繰り返されます。
最初は寒かった堂内もこの神事の熱気で暖かくなり、褌姿の担ぎ手も皆汗をかいていました。
そしてまた、奥の座敷から大きな声が発せられます。
「メッケター!」
江戸の頃から伝承され、国指定の重要無形民俗文化財に指定されている小正月の名物行事 青海の「竹のからかい」
青海駅周辺の地区を西町と東町に分け、双方が奉納する自陣の竹を隈取りをした若衆が合わせ引っ張る行事で、全国に類を見ない稀祭として多くの観客が集まります。
毎年1月15日の小正月に開催され、子供の竹のからかいや餅まき、賽の神が同時に行われます。
この日は前日までの雪も止み、見事な青空の下で威勢良く行われ、多くの見物客や撮影者が訪れていました。
青海の「竹のからかい」は西方と東方に別れ、双方の本陣近くに大きな飾り竹が飾られます。飾り竹には扇子や吹き流しなどが飾られています。
青海神社への参拝を終えた両陣営はそれぞれの本陣にて白塗りの顔に赤・青等の色で隈取りをし、法被・猿股姿に腰に
12時30分、双方の若衆が長さ20mはあろうかという竹を担いで中央に走ってきて竹を地面に立て「チョウチョウ サギノチョウ ナノハニトマレ ナノハニアイタラ ヨシノハニトマレ(蝶々 左義長 菜の葉にとまれ 菜の葉に飽いたら 葦の葉にとまれ)」と唄いながら柏手を叩き、その竹の周りをゆっくり回ります。
まずは西方は海側、東方は山側に立ち、双方の竹の根元の方を頭上でで交差させアーチを作り、そこを一般の見物客が海側から山側へくぐります。くぐった者には今年一年の家内安全や除災といった御利益があるそうです。
見物客がくぐり終えるといよいよ竹のからかいが始まります。
先程と同じように竹の根元を頭上で交差させ、途中を力一杯押さえつけ、弓なりにしならせます。
向かい合った先頭が「いち、にの、さん」のかけ声に合わせ弓なりになった竹が頭上に勢いよく落ちてきます。
落ちてきて二本合わさった竹を脇に抱え込み、綱引きのごとく力一杯引き合います。
竹が抜けると再度頭上に組み合わせ、かけ声に合わせて引き合います。
竹が折れたり割れた場合は負け、引っ張られて引き込まれたら負けという風に勝敗が付けられますが、双方から「勝った勝った!」の勝ち名乗りが聞こえました。
何度かこれを繰り返した後、最初のように竹を立ち上げ唄を歌いながら竹の周りを回り、竹を担いで自陣に引き返します。
この要領で大人の部と子供の部を交互に繰り返し、途中に「福餅まき」を織りまぜながら進行されます。
竹のからかいが終わると両陣営の飾り竹が下ろされ、飾り付けは縁起物として見物客がむしり取って持ち帰ります。
これが終わると両陣営が竹を担いで青海の海岸へ向かい、賽の神が行われます。
それまで使っていた竹や草鞋、注連縄などを役目を終えた各家庭の縁起物や御札などと一緒に燃やし、今年一年の五穀豊穣や家内安全などを祈念し幕を閉じます。
青海の「竹のからかい」は勇壮でいて華のある早春の行事でした。
毎年1月15日辺りに糸魚川市内各地で小正月行事が催されます。 その年の五穀豊穣や豊漁祈願、無病息災、家内安全などを願います。
全国的には「どんど焼き」や「とんど焼き」など様々な呼ばれ方がありますが、糸魚川では「賽の神」「鳥追い」などと呼ばれる他、青海地区の「竹のからかい」や能生地区・白山神社の「献灯祭・お筒粥の神事」、藤崎観音堂の「はだか胴上げ祭り」といった独特の行事があります。
今回は1月15日に行われた根知・根小屋地区の賽の神に参加しました。
今回訪れた場所は根知川沿いに走る堤防の一角で、地元役員らの手により大小2基の櫓が組まれていました。
竹と杉で組まれた櫓に沢山の藁が巻かれていて、下の方には昨年使われた注連縄や御札のほか、だるまなどの縁起物も添えられており、上部に見える竹には書き初めが括られていました。
大きい方の櫓には雪で作られた祭壇があり、清酒が奉納されています。
櫓の近くにはテントがあり、そこで暖かい甘酒が振る舞われていました。
この日は日中は晴れていたのですが、日が落ちると途端に寒さが増してきます。
祭事場まで歩いてくる間に冷えた体をおいしい甘酒で温めさせてもらいました。
次第に人が増えてくると賑やかさが増してきます。点火間近には沢山の人だかりができていました。
午後7時。さぁいよいよ点火です。
区長さんの先導のもと、最初に小さい方の櫓に火がともされました。
乾燥した藁は瞬く間に燃え広がり、あっという間に大きな火柱が立ち上がりました。
それと同時にさっきまでの寒さが嘘のように、ものすごい熱が顔に突き刺さります。
周りの人はその燃えさかる火柱にお賽銭を投げ込み、今年一年の無病息災を祈願し手を合わせていました。
最初の火が落ち着くと奉納された御神酒と塩が配られ、いよいよ大きい櫓に点火となります。
こちらの櫓は本厄と前・後厄の方々により、厄除け祈願がされた後、その方々により櫓に点火されます。
厄年の方々の持つ藁の束に種火が点火されると、それぞれが大きな櫓に点火します。
こちらもあっという間に燃えさかり、瞬く間に巨大な火柱となりますが、先程とは比べものにならないくらい熱く、目を開けていられないほどでした。
役目を果たした縁起物のだるまも文字通り"火だるま"となり勢いよく燃え上がります。
また、てっぺんに括られた書き初めが燃え上がると字が上手になるという言い伝えがあるそうです。
炎は一瞬で書き初めを包み込み、すぐに灰となって空に舞い上がりました。
こちらでも沢山のお賽銭が投げ込まれ、祈願成就を祈る姿が見られます。古の人々もこの燃えさかる炎に祈願成就をイメージしていたのではないでしょうか。
火の勢いが落ち着いてくると「今年はいい燃え方だった」などの声が聞こえ、今年の豊年満作を確信したように皆さん笑顔で家路に向かいはじめました。
その年の五穀豊穣や豊漁を祈願する小正月行事は全国で行われていますが、ここ能生の白山神社でも豊作を占う行事が行われています。
能生白山神社本殿は国の重要文化財でもあり、毎年4月24日に行われる春季大祭で奉納される舞楽もまた重要無形民俗文化財に指定されているほか、多数の文化財を保有する由緒ある神社です。
この白山神社で毎年1月14日と15日に行われる「献灯祭 お筒粥の神事」をご紹介します。
14日午後6時頃になると拝殿に奉納された大小様々なろうそくに徐々に火が灯されます。
奉納されるろうそくには地元能生の企業や団体または氏子さんの名が記され、それぞれがこの拝殿に奉納し今年一年の五穀豊穣や商売繁盛、家内安全を祈念し点灯します。
午後6時前の段階ではまだ1本しかろうそくは点灯されていませんでしたが、徐々に増え午後9時頃にはほとんどのろうそくに火が灯されます。
拝殿内はろうそくの熱気でとても暖かく、いくつものオレンジの炎が静かに揺らいでいてとても幻想的な情景になります。
この献灯祭は日をまたいで12時過ぎ頃まで灯され続け、その間に多くの参拝客が入れ替わり訪れ、拝殿に手を合わせてはそろそろと帰って行きます。
白山神社のもう一つの小正月行事が「お筒粥の神事」です。
今年一年の五穀豊穣を占うもので、石臼でひいた米を葦の茎と一緒に煮て、葦の茎に詰まる米で占います。
長さの違う3本の葦で「早稲」「中稲」「晩稲」に分けられ、それぞれの時期に収穫される米の作況を指しています。
さて、今年の作況はどうでしょうか?
平成20年1月14日
この遺跡に十三世紀末の掘建柱(ほったてばしら)建物跡が見つかり、このうち2棟は県内にある中世前期の居住跡地としては阿賀野市の大坪遺跡に次ぐ大きさとして注目を集めています。
掘建柱とは地面に穴を掘り、そこに建物の基礎となる柱を建て家屋を建築する手法で、竪穴式住居から発展した現代建築の基となる形式です。
現在までに発見された建物跡は20棟以上有り、山の尾根に沿って点在しています。
その証拠として名越氏の家紋輪違い三つ傘に似た銅製品の一部が出土しています。
]
また、建物の近くには地盤が軟らかく水が湧いていた跡があり、そこから水路が伸びています。途中には水を貯める石敷き土坑があり、石組みの井戸も見つかっていて生活や農業用水として利用されていたのではないかと推測されます。
遺構模式図の3区部分には水田のような跡も発見されていて生活と農耕が区分けされていたと考えられます。 yamakishi_map.pdf
]この他にも区画に使われたような長さ50cm程の石が規則的に並べられた箇所もありました。
これらはいずれも鎌倉~室町時代にかけてのものと見られています。
これらの木製品は沢の中にあったため乾燥せずにいい状態で保存されていたようです。
また、鉄瓶や釣り灯籠と見られる鉄製の蓋も出土しています。
新潟県埋蔵文化財調査事業団の話では「青磁などの舶来品は当時、有力者しか持ち得なかった。名越氏の家紋に似た銅製品も出土していることから、名越氏がこの地を治めていたとする重要な手がかり。文献とも一致する箇所もある」としています。
本年度(H20年)は雪解けを待って調査を再開するとのこと。
根知 根小屋地区にある十二社で毎年開催される秋の神事に「奉納相撲」があります。
歴史は古く、一説によると300年以上も前から続けられているとか。
その昔、この辺りではどの神社の境内にも土俵があり、それぞれが奉納相撲を行っていたのですが、今ではここ十二社のみとなってしまいました。
毎年刈り入れ前のこの時期に地元の青壮年が集まって相撲を取り、豊年満作を祈願する重要な神事だそうです。
13時30分頃、まわしを締めた地元青壮年力士20数名と能生中学校・海洋高校の相撲部員達が土俵に上がり、行司により神事の開催が告げられます。
相撲はまず初っ切り(しょっきり)と呼ばれる力士の取り組みから始まり、初っ切りを含め5名の取り組みが終わると、勝ち抜き戦にに入ります。
素人とはいえ迫力ある真剣勝負には土俵を見つめる大勢の観客から大きな声援が上がっていました。
地元青壮年の力士だけでなく、能生中学校・海洋高校の相撲部員達の試合も行われ、全国レベルの白熱した取り組みには観客も大いに沸きました。
地元の小学生達によるチビッコ相撲も行われ、豆力士達の大人顔負けの取り組みで開場を賑わせてくれました。
行司を務めた菊岡さんは「還暦相撲はこれからも続けていきたい」と話していました。
